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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)45号 判決 1999年4月14日

千葉県松戸市松飛台286番地の23

原告

株式会社精工技研

代表者代表取締役

高橋光雄

訴訟代理人弁理士

井ノ口壽

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 伊佐山建志

指定代理人

片寄武彦

小谷一郎

井上雅夫

小林和男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成7年審判第9743号事件について、平成9年2月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、平成2年1月17日、名称を「光コネクタフェルール部材」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願平2-5850号)が、平成7年4月4日に拒絶査定を受けたので、同年5月2日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成7年審判第9743号事件として審理したうえ、平成9年2月6日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同月24日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられ、先端部に面取り斜面を有するフェルールボディと、中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられている直円筒状のキャピラリとからなり、前記フェルールボディの貫通孔に前記キャピラリを挿入し前記フェルールボディの前記先端部より直円筒部分を、光ファイバ軸線に対し7度以上傾けて研磨したとき前記フェルールボディの先端部に当たらないだけの一定量を突出させて固定し、光ファイバを前記フェルールボデイの貫通孔および前記キャピラリの貫通孔に通し、前記キャピラリの先端部を前記光ファイバの先端部とともに光ファイバ軸線に対し7度以上傾けて球面研磨することを特徴とする光コネクタフェルール部材。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、実願昭61-170970号出願(実開昭63-76809号)のマイクロフィルム(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)及び特開平1-121805号公報(以下「引用例2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1、2の各記載事項、本願発明と引用例発明との一致点及び相違点(1)の各認定は認める。相違点(2)の認定、相違点(1)、(2)についての判断及び本願発明の効果についての認定は争う。

審決は、相違点(2)の認定を誤り(取消事由1)、引用例1、2に記載された技術事項を誤認して、相違点(1)、(2)についての判断を誤る(取消事由2)とともに、本願発明の顕著な作用効果を看過したものであるから(取消事由3)、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(相違点(2)の認定の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点(2)として「前者(注、本願発明)がキャピラリ先端部を光ファイバの先端部とともに光ファイバ軸線に対して7度以上傾けて球面研磨したのに対して、後者(注、引用例発明)が7度以上傾けて球面研磨したかどうか不明な点」(審決書10頁12~15行)を認定したが、引用例1には7度以上傾けて球面研磨した例は示されていないし、そのような研磨の可能性も示唆されていない。引用例1の唯一の実施例について図面第1図に図示されたフェルール部材は、7度以上傾けて研磨すると、キャピラリだけでなく、フレーム(フェルール)まで削ってしまうことになるから、引用例1に7度以上傾けて球面研磨することが示唆されていないことは明らかである。

2  取消事由2(相違点(1)、(2)についての判断の誤り)

審決は、本願発明と引用例発明との相違点(1)、すなわち「前者(注、本願発明)がキャピラリ直円筒部分を、光ファイバ軸線に対し7度以上傾けて研磨したときフェルールボディの先端部に当たらないだけの一定量突出させて固定したのに対して、後者(注、引用例発明)がそのような構成を採っていない点」(審決書10頁7~11行)及び上記相違点(2)について、「光源へ戻る光を減少させるために、光ファイバの接続に使用されるコネクタフェルールにおいて、接続端面を光ファイバ軸線に対して傾斜角度を持たせて球面研磨することが引用例2に示されており、また、出願人も明細書中で従来の技術として『光コネクタフェルールに関して、有害な反射戻り光損失を極限にまで低減するために、端面を光ファイバ軸線に対して7度以上傾斜した傾斜球面形状にすれば良いことが知られている。』と自認していることからも、相違点(2)のようにキャピラリ端面を7度以上傾けて球面研磨することは、当業者が容易に推考しうるものである。さらに、引用例1には研磨・研削に対してもフェルールボディを研磨、研削されないようにする旨の記載があることから、ファイバ軸線に対して7度以上研磨、研削しても、フェルールボディが研磨、研削されない程度にすなわち、相違点(1)のようにキャピラリを突出させることは、前記7度以上傾斜して球面研磨することにともなって、当業者が当然に考慮すべき事項にすぎない。そして、後者に引用例2に記載された傾斜球面研磨のものを適用し得ない特段の事情もない。」(同10頁18行~11頁19行)と判断したが、誤りである。

(1)  光ファイバの接続に使用される光コネクタフェルールにおいて、反射戻り光損失を極限にまで低減するために、端面を光ファイバ軸線に対して7度以上傾斜した傾斜球面形状にすることが知られている。

ところが、従来から知られている弾性材質盤の円形撓み現象を利用してフェルール部材の先端面と光ファイバ軸線とを同時に傾斜球面研磨する方法によった場合、研磨球面の頂点を光ファイバの軸心に一致させることができない。すなわち、本願明細書(平成5年10月29日付手続補正書(甲第6号証)、平成7年5月2日付手続補正書(甲第9号証)、平成8年12月20日付手続補正書(甲第12号証)による各補正を経たもの、以下同じ。)に記載されたとおり、「この研磨法においては、・・・最終的には(添付図面第4図の)図示のように研磨球面Rの頂点は、A点とB点の距離を約2等分した点Pになる。この場合、A点側に比較してB点側の研磨除去量が大きくなるので、点Pは光ファイバ軸心O点よりSだけB点側に変位する」(甲第6号証5頁5~12行)のである。このとき、P点を通る傾斜球面の接線と光ファイバ軸線に垂直な直線とが形成する角度θは、端面の光ファイバ軸線に対する傾斜角度に等しくなるが、傾斜球面研磨の軸心ずれSの存在により、光ファイバ軸線上の点Oを通る傾斜球面の接線と光ファイバ軸線に垂直な直線とが形成する角度θ’は、必ずθよりも小さくなる。

そして、大きな軸心ずれSが存在して、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度θ’が頂点上の端面傾斜角度θより極端に小さくなることによって、次の二つの問題が生じる。

<1> 光ファイバ軸線上の端面傾斜角度θの規格は、フレネル反射に起因する反射戻り光を光ファイバのコアからクラッドに逃がすための全反射臨界角度から定められている。光ファイバ軸線上の端面傾斜角度θ’がこの傾斜角度規格値θより小さくなると、反射戻り光が全反射して再びコアに戻ることになるから、戻り光対策の効果がなくなって、反射戻り光を惹起することになる。

<2> 光軸上の傾斜が異なるフェルールを接続すると必ず光軸にエアギャップが生じ、接続損失を増大させることになる。本願発明の発明者である高橋光雄の論文の要約「シングルモード光ファイバ光コネクタの特性及び製造に関する研究」(甲第18号証の1)に記載されているとおり、フェルールの先端形状のばらつきなどのために、偏心ec’(フェルール端面の接触点の光ファイバ光軸からの距離)が存在すると、エアギャップZc’が発生するところ、このエアギヤップZc’を消滅させるのに必要な接触力Wcは、偏心Sc(本願発明における軸心ずれSに相当する。)の3乗の関数で与えられる。このことは、偏心Scが僅かに増加しても、接続の際に発生するエアギャップZc’を打ち消すために要する接触力Wcが急激に(偏心Scの3乗で)増大することを意味しており、通常のフェルールが発生する接触力の範囲を超えると、エアギャップを解消することができなくなり、接続損失が大きくなる。

このような理論上の問題に加え、加工上の誤差も考慮すると、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度は、規格値に合致又は近似していなければならないことになる。本願発明は、傾斜球面研磨において、公知の戻り光防止の理論を熟知した上で、標準的な研磨装置を用いたときに、ばらつきの要因となる軸心ずれSを許容範囲内に押さえ込むことを目的とし、本願発明の要旨記載の構成を採用することによりこれを可能としたものである。

(2)  これに対し、引用例1には、かかる傾斜球面研磨における軸心ずれの課題の認識が全くない。引用例1には、軸心部にファイバが挿着されるキャピラリを所定外径を有するステンレススチール製のフレーム(本願発明の「フェルールボディ」に相当する。)内に圧入固定した光ファイバ接続用のフェルールにおいて、キャピラリを突出させてキャピラリのみを球面研磨することが記載されているが、引用例発明において、研磨の際にフェルールボディ(フレーム)を研磨、研削されないようにする目的は、フェルールの端面の直角研磨又は凸球面研磨を行うときに、ステンレススチール製のフレームも一緒に研磨することが研磨技術の上でかなり難しい問題があるので、異種材料の同一平面研磨又は同一球面研磨を避けることと、レーザ光でフェルール端面の対称性を測定するときに、フレームからのレーザ光の反射量が多いためにスクリーンに干渉パターンが不鮮明に写し出されるという欠点を避けるべく、フレームが研磨されないようにし、あるいはフレームからの反射光がキャピラリからの反射光に混入しないようキャピラリとフレームが連続する面にならないようにすることにある。そうすると、引用例発明の形状と本願発明の形状とに外観上の共通点があったとしても、引用例発明を傾斜球面研磨することに直接結び付く理由とならないし、引用例発明がそのような研磨を示唆するものでもない。

そもそも、引用例発明の形状は、キャピラリの外径を従来のものより大きめにし、フェルールボディの厚みを少なめにするものであるところ、このような形状は、キャピラリの研磨後のレーザを用いる検査には適しているが、キャピラリを傾斜球面研磨した場合には軸心ずれSが大きくなる。すなわち、引用例発明のフェルールボディとキャピラリの形状の根底にある目的は、本願発明の形状の根底となる目的とは全く異なるものである。

したがって、「引用例1には研磨・研削に対してもフェルールボディを研磨、研削されないようにする旨の記載があることから、ファイバ軸線に対して7度以上研磨、研削しても、フェルールボディが研磨、研削されない程度にすなわち、相違点(1)のようにキャピラリを突出させることは、前記7度以上傾斜して球面研磨することにともなって、当業者が当然に考慮すべき事項にすぎない。」とした審決の判断は誤りである。

(3)  引用例2には、中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられたフェルールと光ファイバとからなる光コネクタフェルールにおいて、フェルールを光ファイバの先端部とともに光ファイバ軸線に対して傾けて球面研磨することが記載されているが、その図面第1図、第3図(甲第4号証の2)には、端面を光ファイバ軸線に対してθだけ傾けて研磨した場合に、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度(光ファイバ軸線上の点を通る傾斜球面の接線と光ファイバ軸線に垂直な直線とが形成する角度)もθとなる旨が図示されている。これは、光ファイバ軸線と傾斜球面との交点が、傾斜球面の頂点に一致して軸心ずれが生じないということであるが、実際には軸心ずれが生じることは上記のとおりである。すなわち、引用例2には、傾斜球面研磨において軸心ずれが発生するという認識自体がなく、したがって、軸心ずれが生じることに伴う課題の解決のために、軸心ずれを小さくさせようとする思想が発生する余地がないのである。

審決のように、引用例発明を「相違点(2)のようにキャピラリ端面を7度以上傾けて球面研磨することは、当業者が容易に推考しうるものである。」、「後者(注、引用例発明)に引用例2に記載された傾斜球面研磨のものを適用し得ない特段の事情もない。」と判断するためには、引用例1、2に、本願発明のような目的効果を得るために、キャピラリを本願発明の構成のように固定して傾けて傾斜球面研磨することが示唆されており、当業者であれば、当然、引用例発明に引用例2に記載された構成を適用するであろうといえる場合に限られるべきであるが、上記のとおり、引用例1、2にはそのよラな示唆がないのであるから、審決の上記判断は誤りである。

(4)  被告は、本願明細書にθ’とS及びθとの関係については記載がなく、θ’が必ずθより小さくなることも記載されていないと主張するが、軸心を研磨面に垂直な線にθだけ傾けて球面研磨した場合に、研磨球面の頂点の端面傾斜角度がθとなり、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度θ’との間に、θ>θ’の関係が成立すること、理論的な角度変位量θ-θ’がSに比例することは幾何学的事実であり、本願明細書及び図面の記載上自明のことである。

被告は、軸心ずれとエアギャップとの関係及び本願発明がエアギャップに起因する接続損失の発生する要因をなくすことを目的とすることが本願明細書に記載されていないとも主張する。しかし、エアギャップ等の問題は、本願発明のようなコネクタの接続性能を向上させるために真っ先に考えなければならない周知の技術課題であり、接続損失をなくすために、エアギャップを生じさせないようにすること、又は極力少なくすることは、あえていうまでもないことである。したがって、そのような文言が明細書にないからといって、原告の主張が明細書に基づかないとする被告の主張は失当である。

また、被告は、引用例2の図面第3図記載のものが、フェルールを前もって研磨し、段付円筒部を設けることで小径部を形成するから、その構成上軸心ずれが小さくなっていることは明らかであると主張するが、引用例2に、傾斜球面研磨において軸心ずれが発生するという認識自体がなく、したがって、軸心ずれが生じることに伴う課題の解決のために、軸心ずれを小さくさせようとする思想が発生する余地がないことは上記のとおりである。傾斜球面研磨における軸心ずれについて最初に検討したのは、本願発明者であり、この本願発明者に係る思想を、先行する引用例2の時点まで逆上らせて、引用例2についての解釈を行うことは、引用例2の記載に反する。

3  取消事由3(作用効果の看過)

審決は、「前者(注、本願発明)によってもたらされる作用効果も、後者(注、本願発明)及び引用例2に記載されたものから予測し得る範囲を出ない。」(審決書11頁末行~12頁2行)と認定したが、誤りである。

すなわち、本願発明の主要な効果は、本願明細書添付の図面第2図に示されているように、軸心ずれSを極小にすることであって、本願発明の光コネクタフェルール部材の特有の形状によりこの効果を奏するものであるが、このことについては引用例1、2に示唆はない。

これに対し、引用例発明の効果は、「従来のように異種材料を同時に研削、研磨する技術上の困難性はなく、光コネクタで要求される超高精度加工が迅速かつ容易にでき、その結果作業性が従来品に比べて格段と向上するものである。また、フェルールFの端面にフレーム1の平坦部が殆ど露出しないので、レーザ光でフェルール端面の対称度を測定する際にレーザ光のフレーム1からの反射量が極く少量となる結果、スクリーンに干渉パターンが不鮮明に写し出されたり、あるいは全くボケでしまうようなことが殆どない」(甲第4号証の1第12頁15行~13頁8行)というものであり、また、引用例2に記載された発明の効果は、「光ファイバの接続面を、傾斜角度を持つ凸球面に研磨できるようにしたので、接続面の反射光を光ファイバのクラッド層に逃がすことができ、光源に戻る反射光を極限にまで低減できた」(甲第4号証の2第4頁右上欄9~13行)という、傾斜球面研磨本来の効果であり、傾斜球面研磨における軸心ずれについての記載・示唆は全くない。

したがって、このような引用例1、2の記載から、本願発明の効果を予測し得るものではなく、審決の上記認定は誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(相違点(2)の認定の誤り)について

引用例1には、フェルールボディ(フレーム)の端面から突出させたキャピラリのみを研削、研磨することが記載されており、また、従来技術として、斜め研磨形、凸球面研磨形、円錐研磨形、ルーフトップ形があることが開示されていることは審決の認定するとおりである。引用例発明は、要はキャピラリのみを研磨すればよく、引用例1にその実施例として、キャピラリを凸球面研磨機又は直角研磨機を用いて研磨したもののみが記載されているからといって、公知の研磨手段を採用することを否定するものではない。そして、光ファイバ軸線に対して7度以上傾けて球面研磨することは公知の技術手段であるところ、引用例1にそのような傾斜球面研磨をした具体例が示されておらず、また、実施例の一つについての図面に基づく机上の計算上、7度以上傾けて傾斜球面研磨するとフェルールボディが研磨されることになるからといって、引用例発明において、光ファイバ軸線に対して7度以上傾けて球面研磨する方法を採用する可能性が全く否定されることにはならない。

したがって、「後者(注、引用例発明)が7度以上傾けて球面研磨したかどうか不明」であると認定して、引用例発明と本願発明との相違点(2)とした審決の相違点の認定に誤りはない。

2  取消事由2(相違1点(1)、(2)についての判断の誤り)について

(1)  フェルール部材には、引用例2に示されるようなフェルール部材単独のものと、引用例発明のようなフェルールボディ(フレーム)とキャピラリとからなるものとがある。他方、引用例2には、光コネクタとして有害な反射戻り光を減少させるために、光ファイバとフェルール部材とを傾斜球面研磨すること、すなわち光ファイバと光ファイバを直接取り囲む層とで形成される端面を傾斜球面研磨することが示されており、また、反射戻り光損失を極限にまで低減するために、端面を光ファイバ軸線に対して7度以上傾けた傾斜球面形状にすることは公知の技術手段である。そして、このことは、光ファイバと光ファイバを直接取り囲む層とで形成される端面を7度以上傾けて球面研磨すれば、光コネクタとしての機能が良好であることを意味する。そうすると、引用例発明のような、フェルール部材がフェルールボディとキャピラリとからなるものについては、光ファイバを直接取り囲む層であるキャピラリと光ファイバとで形成される端面を7度以上傾けて傾斜球面研磨すれば、機能が良好な光コネクタが得られることになるから、このようなタイプのフェルール部材において、キャピラリ端面のみを7度以上傾けて球面研磨することは当然のことである。

そして、上記1のとおり、引用例発明において、光ファイバ軸線に対して7度以上傾けて球面研磨する公知の技術手段を採用する可能性が否定されるものではないから、引用例発明において「キャピラリ端面を7度以上傾けて球面研磨することは、当業者が容易に推考しうるものである」、「後者(引用例発明)に引用例2に記載された傾斜球面研磨のものを適用し得ない特段の事情もない。」とした審決の判断に誤りはない。

また、上記1のとおり、引用例1には、フェルールボディ(フレーム)の端面から突出させたキャピラリのみを研削、研磨することが記載されており、キャピラリ端面を7度以上傾けて球面研磨する場合に、異種の材料であるフェルールボディを研磨することがないよう、キャピラリを突出させることは技術上当然のことであるから、審決が「引用例1には研磨・研削に対してもフェルールボディを研磨、研削されないようにする旨の記載があることから、ファイバ軸線に対して7度以上研磨、研削しても、フェルールボディが研磨、研削されない程度にすなわち、相違点(1)のようにキャピラリを突出させることは、前記7度以上傾斜して球面研磨することにともなって、当業者が当然に考慮すべき事項にすぎない。」と判断したことにも誤りはない。

(2)  願発明に係る原告の次の各主張は、本願明細書に記載のない事項を内容とするものであり、明細書に基づかない主張として失当である。

<1> 原告は、本願発明につき、傾斜球面研磨の軸心ずれSの存在により、光ファイバ軸線上の点Oを通る傾斜球面の接線と光ファイバ軸線に垂直な直線とが形成する角度θ’は、必ずθよりも小さくなる旨主張するところ、本願明細書には、主張のS及びθの意義について記載はあるが、点Oを通る傾斜球面の接線と光ファイバ軸線に垂直な直線とが形成する角度θ’とS及びθとの関係については記載がなく、ましてθ’が必ずθより小さくなることは記載されていない。

<2> 原告は、大きな軸心ずれSが存在して、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度θ’が頂点上の端面傾斜角度θより極端に小さくなることによって、次の二つの問題が生じるとして、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度θ’が傾斜角度規格値θより小さくなると、戻り光対策の効果がなくなって、反射戻り光を惹起することと、光軸上の傾斜が異なるフェルールを接続すると必ず光軸にエアギャップが生じ、接続損失を増大させることを挙げているが、上記のとおり、大きな軸心ずれSが存在して、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度θ’が頂点上の端面傾斜角度θより極端に小さくなることは、本願明細書に記載がない。また、軸心ずれとエアギャップとの関係及び本願発明がエアギャップに起因する接続損失の発生する要因をなくすことを目的とすることも、本願明細書に記載されていない。

(3)  原告は、引用例1、2に、傾斜球面研磨における軸心ずれの課題の認識が全くない旨主張する。

しかしながら、傾斜球面研磨における軸心ずれは、傾斜角度が一定であれば、径によって決定されることになり、径が大きくなれば軸心ずれは大きくなるし、径が小さくなれば軸心ずれは小さくなる。このような径と軸心ずれとの関係は当業者が当然認識しているものである。

そして、引用例2には、フェルールを前もって研磨し、段付円筒部を設けることで小径部を形成する光コネクタの実施例が図面(第3図)とともに記載されており、この図面第3図記載のものは、同第1図記載の通常のものと比べて小径となっているから、その構成上軸心ずれが小さくなっていることは明らかである。

3  取消事由3(作用効果の看過)について

光コネクタである以上、軸心ずれをなくすようにすることは当然のことであって、軸心ずれをできるだけ少なくするよう研磨することは当業者が当然考慮すべき事項である。

そして、軸心ずれが径のみによって決定されるところ、引用例2の第3図記載のものがフェルールを前もって研磨し、段付円筒部を設けることで小径部を形成し、軸心ずれを小さくしていることは上記のとおりであるから、「前者(注、本願発明)によってもたらされる作用効果も、後者(本願発明)及び引用例2に記載されたものから予測し得る範囲を出ない」とした審決の認定に誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  取消事由1(相違点(2)の認定の誤り)について

引用例1に、「中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられ、先端部に面取り斜面を有するフレームと、中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられている直円筒状のキャピラリとからなり、前記フレームの貫通孔に前記キャピラリを挿入し前記フレームの前記先端部より直円筒部分を、研磨したとき前記フレームの先端部に当たらないだけの一定量を突出させて固定し、光ファイバを前記フレームの貫通孔および前記キャピラリの貫通孔に通し、前記キャピラリの先端部を前記光ファイバの先端部とともに球面研磨する光コネクタフェルール部材。」(審決書5頁5~16行)が開示されていることは当事者間に争いがない。

しかして、引用例1(甲第4号証の1)には、「本考案実施の1例」(同号証8頁3行)として、「突出端面にはフレーム1を除いて凸球面研磨機によりファイバ3と共に球面研削研磨加工若しくは直角研磨機で直角研削研磨加工が施される」(同9頁1~4行、審決書4頁8~11行)ものが、図面第1図とともに記載され、キャピラリ先端部を光ファイバの先端部とともに光ファイバ軸線に対して7度以上傾けて球面研磨したものは記載されていないが、その実用新案登録請求の範囲の「軸心部にファイバが挿着されるキャピラリを所定外径を有するステンレススチール製のフレーム内に圧入固定した光ファイバ接続用のフェルールにおいて、前記フレームの肉厚をその内径がやゝ大きくなるよう薄く形成する一方、キャピラリをそれに合わせてやゝ径大となし、該キャピラリをフレームの端面から僅かに突出させ、且つフレームの端面を、先端面の肉厚をできるだけ小さくすると共に外周縁に鋭角なテーパ面が形成されるよう面取り加工した」(審決書3頁12行~4頁1行)との記載を初め、引用例1の記載全体によっても、キャピラリ先端部を光ファイバの先端部とともに光ファイバ軸線に対して7度以上傾けて球面研磨したものを排除する趣旨と解される記載はない(なお、前示のとおり、7度以上傾けて球面研磨したものとは全く別の実施例に係る図面第1図に図示されたものが、計算上7度以上傾けて傾斜球面研磨するとフェルールボディが研磨されることになるからといって、そのような傾斜球面研磨を排除することにならないことは極めて明白である。)。

そうすると、引用例発明において、光ファイバ軸線に対して7度以上傾けて球面研磨する方法を採用ずる可能性が否定されている訳ではなく、審決がかかる趣旨で、「後者(注、引用例発明)が7度以上傾けて球面研磨したかどうか不明」と認定したことは明らかであるので、該認定を含む相違点(2)の認定に原告主張の誤りはない。

2  取消事由2(相違点(1)、(2)についての判断の誤り)について

(1)  本願明細書(甲第6号証)には、「光ファイバの接続に使用される光コネクタフェルールに関し、特に有害な反射戻り光損失を極限にまで低減するために、端面を光ファイバ軸線に対して7度以上傾斜した傾斜球面形状にすれば良いことが知られている。」(同号証2頁14~18行)、「フェルール部材の先端面と光ファイバ端面を同時に研磨する方法として、弾性材質盤の円形撓み現象を利用して傾斜球面に研磨する方法が知られている。」(同3頁14~17行)、「傾斜球面研磨においてはその必要条件の一つとしては研磨球面の頂点が光ファイバの軸心に一致することが挙げられる。実用的には曲率半径10~20mmRにおいては0.06mm以内に軸心ずれを抑えることが要求されているが、前記研磨方法では良い結果が得られない。」(同4頁10~16行)、「第4図は前記方法により研磨した光コネクタフェルールの研磨部分の拡大図を示す。この研磨法においては、光コネクタフェルール端面の外縁部より同心円状に研磨除去される性質をもっているので、最終的には図示のように研磨球面Rの頂点は、A点とB点の距離を約2等分した点Pになる。この場合、A点側に比較してB点側の研磨除去量が大きくなるので、点Pは光ファイバ軸心O点よりSだけB点側に変位する。傾斜角度が大きい程変位量Sは大きくなり、」(同5頁3~13行)、「本発明の目的は、前述した研磨における問題をフェルール部材の形状を変えることにより解決し光ファイバ通信回路等の光ファイバコネクタや、光ファイバコネクタに類似した形状の可変型光減衰器等の部品として利用できる光ファイバフェルール部材を提供することにある。」(同6頁9~14行)との各記載があり、また、実施例に係るものとして、「第2図は、第1図に示したフェルール部材の実施例に光ファイバを挿入して斜め球面研磨を行った状態を説明するための拡大図であり、・・・この図は、フェルールボディに光ファイバ13を取り付け、端面を傾斜角度θの傾斜球面研磨を行ったときの研磨部分の拡大図を示している。」(同9頁5~17行)、「基部(フェルールボディの外径部)9に接続される接続部(面取り部)11を含まない先端部(段付直円筒部)12の研磨のみで充足できるように段付直円筒部12の長さが決められており、・・・研磨後の傾斜球面Rの頂点Pを光ファイバ軸心位置O点にほぼ一致させることができる。厳密にいうと一致しないが、例えば、直円筒部外径1.5mm、球面曲率半径20mmR、傾斜角度10度の場合を例にすると、その軸心のずれは約2.43μmである。この値は、前述した60μmの許容限度に比して無視できる範囲であり、接続性能には影響しない。」(10頁1~17行)との記載があり、「発明の効果」として「本発明による光コネクタフェルール部材の使用により、傾斜研磨時の傾斜球面頂点と光ファイバ間の軸心のずれを極小に抑えて接続性能の改善が可能となった。また、研磨除去量も大幅に低減したものであるから、当然、研磨コストの低減もできるようになった。・・・これにより、従来の光コネクタフェルール部材使用時には避け得なかった不具合点が除去される。例えば、従来の研磨除去量の進行とともに曲率半径が次第に増大していく不安定な変動減少による研磨寸法のばらつき量の増大、およびそれによって惹起される研磨圧力の不定変動による不均一研磨品質などに代表される面取り部を直接研磨することによる問題点の解消が可能となった。」(同11頁4行~12頁6行)との記載がある。

これらの記載と、前示本願発明の要旨及び本願明細書添付図面第2、第4図(甲第6号証)によれば、本願発明は、光ファイバの接続に使用される光コネクタフェルールに関し、特に有害な反射戻り光損失を極限にまで低減するためには、端面を光ファイバ軸線に対して7度以上傾斜した傾斜球面形状にすればよいとの公知技術を前提に、弾性材質盤の円形撓み現象を利用して傾斜球面に研磨する公知の方法によって傾斜球面研磨した場合に必然的に生じる、光ファイバの軸心と傾斜球面との交点Oと傾斜球面頂点Pとの変位(軸心ずれS)を極力小さくする(実用的な許容限度として、曲率半径10~20mmRにおいて60um以下とする)ことを目的として、本願発明の要旨記載の構成を採用したものであることが認められる。

そして、前示本願発明の要旨の記載、本願明細書の前示「基部(フェルールボディの外径部)9に接続される接続部(面取り部)11を含まない先端部(段付直円筒部)12の研磨のみで充足できるように段付直円筒部12の長さが決められており」との記載及び図面第4図、第2図の図示からみて、本願発明が、軸心ずれSを小さくするために採用した技術手段は、フェルール部材を、外側の層であるフェルールボディと、内側で直接光ファイバを取り囲む層であるキャピラリとで形成し、内側のキャピラリと光ファイバとからなる小径の段付直円筒部の端面のみを傾斜球面研磨するというものであること、すなわち、傾斜角度が一定であれば、傾斜球面研磨における軸心ずれの大きさが、その端面を傾斜球面研磨する直円筒部の径の大きさによって定まるところから、これを小径とすることにより軸心ずれSを小さくしたものであることが認められる。

(2)  ところで、原告は、傾斜球面研磨の軸心ずれSが存在することにより生じる具体的な問題として、<1>軸心ずれSの存在により、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度θ’が、必ずθ(光ファイバ軸線の研磨面に垂直な線に対する傾斜角度、かつ、研磨球面の頂点の端面傾斜角度)よりも小さくなるところ、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度θの規格が、フレネル反射に起因する反射戻り光を光ファイバのコアからクラッドに逃がすための全反射臨界角度から定められているため、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度θ’がこの傾斜角度規格値θより小さくなることにより、反射戻り光が全反射して再びコアに戻り、反射戻り光を惹起することになること、<2>光軸上の傾斜が異なるフェルールを接続すると、必ず光軸にエアギャップが生じ、これを消滅させるのに必要な接触力Wcが、偏心Sc(軸心ずれS)の3乗の関数で与えられので、偏心Scが僅かに増加しても、接続の際に発生するエアギャップを打ち消すために要する接触力Wcが急激に増大し、通常のフェルールが発生する接触力の範囲を超えると、エアギャップを解消することができなり、接続損失が大きくなることを挙げている。

被告は、前示<1>に関し、本願明細書には、θ’とS及びθとの関係については記載がなく、ましてθ’が必ずθより小さくなることは記載されていないと主張するが、軸心を研磨面に垂直な線にθだけ傾けて球面研磨した場合に、研磨球面の頂点の端面傾斜角度がθとなること、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度(光ファイバの軸線と傾斜球面との交点Oを通る傾斜球面の接線と光ファイバ軸線に垂直な直線とが形成する角度)θ’との間に、θ>θ’の関係が成立すること、角度変位量θ-θ’の値が軸心ずれSの値に比例することは、本願明細書添付の図面第4、第2図から、当業者であれば幾何学上理解できることと認められるので、被告の該主張は採用できない。

しかしながら、前示<2>に関しては、本願明細書(甲第6、第9、第12号証)にそのような趣旨の記載は存在しないし、かかる事項が、当業者にとって自明の技術常識であったことを認めるに足りる証拠もない。もっとも、甲第18号証の2によって、平成9年12月2日に頒布された刊行物であることが認められる高橋光雄の論文の要約「シングルモード光ファイバ光コネクタの特性及び製造に関する研究」(甲第18号証の1)に、エアギャップZc’を消滅させるに必要なフェルールの接触力Wcが偏心Sc(本願発明の軸心のずれSに相当する)の3乗の関数で与えられることが記載されているが、同論文の要約は、本願出願後に頒布された刊行物であって、該記載事項が本願出願当時の傾斜球面研磨の軸心ずれとエァギャップとの関係に係る技術水準を示すものということもできない。

原告は、エアギャップの問題が周知の技術課題であり、接続損失をなくすために、エアギャップを生じさせないようにすること、又は極力少なくすることは、あえていうまでもないことであると主張するが、エアギャップの解消自体が周知の技術課題であるとしても、これを消滅させるのに必要な接触力Wcが、軸心ずれSの3乗の関数で与えられることまでが周知であるとはいえず、本願明細書にこのことについて記載がない以上、当業者において、本願発明が、軸心ずれSを小さくすることにより、エァギャップに起因する接続損失が発生する要因をなくすことを目的とするものであることが自明のこととして理解できるものではない。

したがって、前示<2>の主張は本願明細書に基づかない主張であって、失当といわざるを得ない。

そうすると、本願発明は、軸心ずれSを小さくして許容限度以下とすることにより、反射戻り光を光ファイバのコアからクラッドに逃がすことを阻害して接続損失を生じさせる要因をなくし、接続性能を改善することを具体的な技術課題とするものであると認められる。

(3)  原告は、引用例1、2には、傾斜球面研磨における軸心ずれの課題の認識がない旨主張するところ、確かに、引用例1(甲第4号証の1)及び引用例2(甲第4号証の2)に、傾斜球面研磨における軸心ずれについて、直接言及した記載は見当たらない。

しかしながら、傾斜球面研磨における軸心ずれとは、前示のとおり、弾性材質盤の円形撓み現象を利用して傾斜球面に研磨する公知の方法によって傾斜球面研磨した場合に、「光コネクタフエルール端面の外縁部より同心円状に研磨除去される性質をもっているので、最終的には図示(注、本願明細書添付図面第4図(甲第6号証)の図示を意味する。)のように研磨球面Rの頂点は、A点とB点の距離を約2等分した点Pになる。この場合、A点側に比較してB点側の研磨除去量が大きくなるので、点Pは光フアイバ軸心O点よりSだけB点側に変位する」ことをいうものであって、傾斜球面研磨においてこのような軸心ずれが存在すること、及び傾斜角度が一定であれば、軸心ずれの大きさが、その端面を傾斜球面研磨する直円筒部の径の大きさによって定まり、これを小径とすることにより軸心ずれも小さくなることは幾何学上明らかであり、前示θ>θ’の関係が成立すること等と同様、当業者であれば理解できる程度のものと認められる。

しかるところ、引用例2に、「中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられたフエルールと光ファイバとからなり、前記光ファイバの先端部とともに光ファイバ軸線に対して傾けて球面研磨する光コネクタフェルール。」(審決書9頁3~7行)が開示されており、「フェルール21a、21bにはそれぞれ、光ファイバ25a、25bが挿入固定されている。光ファイバ25aにおいてその中心軸線と接続端面との交点とをPとする。接続端面26aは、P点を通って光ファイバ25aの軸線に対して角度θだけ傾斜する線上に曲率中心0aを持つ曲率半径R1の凸球面となるように研磨されている。同様に、接続端面26bは、P点を通って光ファイバ25bの軸線に対して角度θだけ傾斜する線上に曲率中心Obを持っ曲率半径R2の凸球面となるように研磨されている。点Oa、P、Obが一直線上になるようにこれらの光コネクタ用組立体を接続すれば、一対の光ファイバ25a、25bは点Pで接続される。したがって、信号光Sが、傾斜角度θを持つ凸球面26aに達すると、その一部は反射し、そのときの反射戻り光△Sは、光ファイバ25aの中心軸線に対して2θの出射角度方向に反射する。この場合、出射角度2θを光ファイバ・コア23aの臨界角度以上にしておけば、反射戻り光△Sを光ファイバ・クラッド層24aに逃がすことができるので、光源に戻る反射戻り光を極限にまで低減することができる。」(同6頁6行~7頁7行)、「研磨用取付治具7を研磨板に押し付けると、フェルール先端部の押し付け圧力により研磨板は凹状に撓み変形を生ずる。この状態で、研磨用取付治具を公転運動させて、円弧上の軌跡を描くように摺り合わせる。最初は、研磨圧力はフェルール先端部の周縁部分に集中して作用するので、この部分が研磨除去される。そして、研磨の進行につれて、徐々に同心円状に、フェルール中心の光ファイバに向かって研磨され、最終的に球面状に研磨される。」(同8頁6~15行)、「光ファイバの接続面を、傾斜角度を持つ凸球面に研磨できるようにしたので、接続面の反射光を光ファイバのクラッド層に逃がすことができ、光源に戻る反射光を極限にまで低減できた。」(同頁17~20行)との各記載があることは、当事者間に争いがなく、これらによれば、引用例2には、中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられたフェルールと光ファイバとからなる光コネクタフェルールにおて、反射戻り光を極限にまで低減することを課題として、該フェルールを光ファイバ軸線に対して傾けてその端面を球面研磨する方法を採用することにより、反射戻り光を光ファイバのコアからクラッド層に逃がすこととした発明が記載されていること、及び該傾斜球面の研磨は、弾性材質の円形撓み現象を利用して、フェルール端面の周縁部分より徐々に同心円状に傾斜球面に研磨するものであることが認められる。

そうすると、引用例2に記載された傾斜球面に研磨する方法は、本願発明の方法と同様であるから、引用例2に記載された光コネクタフェルールにおいても、軸心ずれが生じていることが認められるところ(なお、引用例2の図面第1図(甲第4号証の2)の図示からは、その発明者自身は軸心ずれを認識していなかったことが窺われるが、このことが、軸心ずれの存在が幾何学上明らかであり、当業者であれば理解できるものであるとの前示認定を直ちに左右するものではない。)、引用例2(甲第4号証の2)には、「第3図は、本発明の他の実施例の光コネクタ用組立体を示す。現在、光コネクタ用フェルールの外径寸法は2.5~3mm程度が多く採用されているが、傾斜角度を持つ凸球面に研磨する際には、他の従来方式のものに比較して研磨除去量が多くなる。したがって、加工時間が長くなる。さらには、長時間の研磨は光ファイバに悪影響を及ぼす可能性も考えられるので注意を要する。この対策として、研磨除去量を極力低減する必要がある。このために、この実施例では、第3図に示すように、フエルール31a、31bの先端外径部を、軸方向長さ0.2~1.5mm程度にわたって直径0.3~1.5mmになるように、段付円筒部40a、40bを設け、この部分だけを凸球面に研磨するようにした。」(同号証4頁左上欄12行~右上欄6行)との記載があり、図画第3図には、フェルールの先端で突出させた小径の段付直円筒部分の端面を傾斜球面研磨した形状のものが図示されている。そして、傾斜角度が一定であれば、軸心ずれの大きさが、その端面を傾斜球面研磨する直円筒部の径の大きさによって定まり、これを小径とすることにより軸心ずれも小さくなることが、当業者であれば理解できる程度のものであることは前示のとおりであるから、この図面第3図に示されたものは、端面を傾斜球面研磨する直円筒部を小径とすることにより軸心ずれを小さくすることを示唆しているものというべきである。

原告は、引用例2に、傾斜球面研磨において軸心ずれが発生するという認識自体がなく、したがって、軸心ずれが生じることに伴う課題の解決のために、軸心ずれを小さくさせようとする思想が発生する余地がないと主張するが、上如のとおりであるから、該主張を採用することはできない。

(4)  光ファイバの接続に使用される光コネクタフェルールに関し、特に有害な反射戻り光損失を極限にまで低減するために、端面を光ファイバ軸線に対して7度以上傾斜した傾斜球面形状にすることが公知の技術手段であり、本願発明も係る公知技術を前堤とした発明であることは前示のとおりである。

そして、引用例発明において、光ファイバ軸線に対して7度以上傾けて球面研磨する方法を採用する可能性が否定されている訳ではないこと、また、当業者において、軸心ずれの存在を理解することができるものであり、引用例2の図面第3図に示されたものが、端面を傾斜球面研磨する直円筒部を小径とすることにより軸心ずれを小さくすることを示唆するものであることも前示のとおりである。そうすると、引用例発明に、前示公知技術及び引用例2に記載又は示唆された事項を適用して、フェルールボディから突出させた小径のキャピラリ及び光ファイバの端面のみを光ファイバ軸線に対し7度以上傾けて球面研磨する構成とすることは、当業者が容易に推考することのできるものと認められる。

もっとも、引用例1の前示実用新案登録請求の範囲に記載されたとおり、引用例発明は、フレーム(フェルールボディ)の肉厚をその内径がやゝ大きくなるよう薄く形成する一方、キャピラリをそれに合わせてやや径大となすものであるところ、原告は、かかる形状においては軸心ずれが大きくなるとして、引用例発明のフェルールボディとキャピラリの形状の根底にある目的が本願発明の形状の根底となる目的とは全く異なると主張する。しかしながら、引用例発明がかかる構成を採用したことが、その固有の技術課題の解決のためであるとしても、軸心ずれに伴う課題の解決を目的として、引用例発明に引用例2に記載された事項等を適用する際、必ずしも、前示引用例発明の固有の技術課題を両立させる必要がないことは明らかであるから、引用例発明のかかる構成自体が、直ちに引用例2に記載された事項等を適用する妨げとなるものではなく、原告の該主張も採用できない。

また、引用例発明に、公知技術及び引用例2に記載又は示唆された事項を適用して、フェルールボディから突出させた小径のキャピラリ及び光ファイバの端面のみを光ファイバ軸線に対し7度以上傾けて球面研磨する構成とした場合に、フェルールボディを研磨することがない程度にまでキャピラリを突出させること、すなわち、光ファイバ軸線に対し7度以上傾けて研磨したときフェルールボディの先端部に当たらないだけの一定量を突出させて固定することは、引用例1の記載を待つまでもなく、技術上当然のことというべきである。

(5)  以上のとおりであるから、審決の相違点(1)、(2)についての判断に原告主張の誤りはない。

3  取消事由3(作用効果の看過)について

原告は、本願発明の主要な効果が、軸心ずれを極小にすることであり、このことについては引用例1、2に示唆はないと主張するが、当業者において、軸心ずれの存在を理解することができるものであり、引用例2の図面第3図に示されたものが、端面を傾斜球面研磨する直円筒部を小径とすることにより軸心ずれを小さくすることを示唆するものであることも前示のとおりであるから、原告の該主張は誤りである。

なお、本願発明において、軸心ずれを小さくして許容限度以下とすることにより、反射戻り光を光ファイバのコアからクラッドに逃がすことを阻害して接続損失を生じさせる要因をなくし、接続性能を改善する効果を有することを併せ考えても、引用例2に、反射戻り光を極限にまで低減することを課題として、該フェルールを光ファイバ軸線に対して傾けてその端面を球面研磨する方法を採用することにより、反射戻り光を光ファイバのコアからクラッド層に逃がすこととした発明が記載されていることは前示のとおりであり、また、引用例2の図面第3図に示されたものが、端面を傾斜球面研磨する直円筒部を小径とすることにより軸心ずれを小さくすることを示唆する以上、当業者であれば、これに基づいて、研磨球面の頂点の端面傾斜角度に対し、光ファイバ軸線上の端面傾斜角度が必ず小さくなること等を幾何学上理解し、ひいて、前示接続性能を改善する効果を有することに想到するは、本願発明について述べたと同様である。

したがって、「前者(注、本願発明)によってもたらされる作用効果も、後者(本願発明)及び引用例2に記載されたものから予測し得る範囲を出ない」とした審決の認定に原告主張の誤りはない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成7年審判第9743号

審決

千葉県松戸市松飛台286番地の23

請求人 株式会社 精工技研

東京都新宿区歌舞伎町2丁目45番7号 大喜ビル4F

代理人弁理士 井ノ口壽

平成2年特許願第5850号「光コネクタフェルール部材」拒絶査定に対する審判事件(平成3年9月13日出願公開、特開平3-210509)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

1. 手続の経緯・本願発明

本願は、平成2年1月12日の出願であって、その特許を受けようとする発明は、平成7年5月2日付け、平成8年12月20日付けで補正した明細書及び図面の記載からみて、特許請求の範囲第1項乃至第4項に記載された光コネクタフェルール部材にあるものと認められるところ、その第1項に記載された発明(以下「本願発明」という。)は下記のとおりである。

「中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられ、先端部に面取り斜面を有するフェルールボディと、中やに光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられている直円筒状のキャピラリとからなり、前記フェルールボディの貫通孔に前記キャピラリを挿入し前記フェルールボディの前記先端部より直円筒部分を、光ファイバ軸線に対し7度以上傾けて研磨したとき前記フェルールボディの先端部に当たらないだけの一定量を突出させて固定し、光ファイバを前記フェルールボデイの貫通孔およご前記キャピラリの貫通孔に通し、前記キャピラリの先端部を前記光ファイバの先端部とともに光ファイバ軸線に対し7度以上傾けて球面研磨することを特徴とする光コネクタフェルール部材。」

2. 引用例

これに対して、当審の拒絶の理由に引用した実実願昭61-170970号(実開昭63-76809号)の願書に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルム(以下「引用例1」という。)には、例えば、次のような記載がある。

1)「軸心部にファイバが挿着されるキャピラリを所定外径を有するステンレススチール製のフレーム内に圧入固定した光ファイバ接続用のフェルールにおいて、前記フレームの肉厚をその内径がや、大きくなるよう薄く形成する一方、キャピラリをそれに合わせてや、径大となし、該キャピラリをフレームの端面から僅かに突出させ、且つフレームの端面を、先端面の肉厚をできるだけ小さくすると共に外周縁に鋭角なテーパ面が形成されるよう面取り加工した」(第1頁第5行~同第14行)

2)「FC形光コネクタに対し、その改良形として、斜め研磨形、凸球面研磨形、円錐研磨形ルーフトップ形がある。」(第3頁第5行~同第7行)

3)「キャピラリ2は、フレーム1の内径をや、大きくした分や、径大に構成され、フレーム1の先端部から僅かに突出させてある。そして、その突出端面にはフレーム1を除いて凸球面研磨機によりファイバ3と共に球面研削研磨加工右しくは直角研磨機で直角研削研磨加工が施される。」(第8頁第17行~第9頁第4行)

4)「フレーム1の端面の肉厚が小さく且つ鋭角(30゜)なテーパ面が形成されるよう面取り1a加工がしてあると、レーザ光の反射量も極く少量となる結果前記のような測定時の不都合も殆ど解消されるものである。」(第12頁第2行~同第7行)

5)「ファイバ3が挿着され従来のものより径大のキャピラリ2を僅かに突出させ、その突出した部分だけを研削、研磨すればよいので、従来のように異種材料を同時に研削、研磨する技術上の困難性はなく、」(第12頁第12行~同第16行)

そして、上記の記載及び図面の記載を勘案すると引用例1には「中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられ、先端部に面取り斜面を有するフレームと、中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられている直円筒状のキャピラリとからなり、前記フレームの貫通孔に前記キャピラリを挿入し前記フレームの前記先端部より直円筒部分を、研磨したとき前記フレームの先端部に当たらないだけの一定量を突出させて固定し、光ファイバを前記フレームの貫通孔および前記キャピラリの貫通孔に通し、前記キャピラリの先端部を前記光ファイバの先端部とともに球面研磨する光コネクタフエルール部材。」が開示されているといえる。

同じく引用した特開平1-121805号公報(以下「引用例2」という。)には、例えば、次のような記載がある。

1)「研磨角度の精度がきちんと出され、光ファイバ端面の変質層処理が理想的に行われた場合は、光源に戻る反射光はほとんどゼロに低減できることが確認されている。」(第2頁左下欄第10行~第13行)

2)「フェルール21a、21bにはそれぞれ、光ファイバ25a、25bが挿入固定されている。光ファイバ25aにおいてその中心軸線と接続端面との交点とをPとする。接続端面26aは、P点を通って光フアイバ25aの軸線に対して角度θだけ傾斜する線上に曲率中心Oaを持つ曲率半径R1の凸球面となるように研磨されている。同様に、接続端面26bは、P点を通って光ファイバ25bの軸線に対して角度θだけ傾斜する線上に曲率中心Obを持つ曲率半径R2の凸球面となるように研磨されている。点Oa、P、Obが一直線上になるようにこれらの光コネクタ用組立体を接続すれば、一対の光ファイバ25a、25bは点Pで接続される。したがって、信号光Sが、傾斜角度θを持つ凸球面26aに達すると、その一部は反射し、そのときの反射戻り光△Sは、光ファイバ25aの中心軸線に対して2θの出射角度方向に反射する。この場合、出射角度2θを光ファイバ・コア23aの臨界角度以上にしておけば、反射戻り光△Sを光ファイバ・クラッド層24aに逃がすことができるので、光源に戻る反射戻り光を極限にまで低減することができる。」(第3頁右上欄第2行~同頁左下欄第5行)

3)「研磨治具7は、光コネクタ用組立体を取り付けてこれを研磨するためのもので、円盤の形状をしている。フェルール取付用貫通孔8は、円盤の下面の中央に開口するように設けられ、この下面の法線に対してθの角度だけ傾斜している。この研磨治具7には、また、フェルールを取り付けるためのねじ部9が設けられている。次に、この研磨治具7を使用して光コネクタ用組立体を研磨する方法を説明する。フェルール1には接着等により光ファイバ5が固定されている。フェルール1を、貫通孔8に挿入して、その先端部が研磨用取付治具7の下面より0.05mm突き出るようにする。そして、係合ナット10によるフェルール1を締め付けて、研磨用取付治具7とフェルール1とを一体的に組み立てる。その後、これを研磨板に押し付ける。(第3頁左下欄第14行~同頁右下欄第11行)

4)「研磨用取付治具7を研磨板に押し付けると、フェルール先端部の押し付け圧力により研磨板は凹状に撓み変形を生ずる。この状態で、研磨用取付治具を公転運動させて、円弧上の軌跡を描くように摺り合わせる。最初は、研磨圧力はフェルール先端部の周縁部分に集中して作用するで、この部分が研磨除去される。そして、研磨の進行につれて、徐々に同心円状に、フェルール中心の光ファイバに向かって研磨され、最終的に球面状に研磨される。(第3頁右下欄第18行~第4頁左上欄第7行)

5)「光ファイバの接続面を、傾斜角度を持つ凸球面に研磨できるようにしたので、接続面の反射光を光ファイバのクラッド層に逃がすことができ、光源に戻る反射光を極限にまで低減できた。」(第4頁右上欄第9~第13行)

そして、上記の記載及び図面の記載を参酌すると引用例2には「中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられたフェルールと光ファイバとからなり、前記光ファイバの先端部とともに光ファイバ軸線に対して傾けて球面研磨する光コネクタフエルール。」が開示されているといえる。

3. 対比

本願発明(以下「前者」という。)と引用例1に記載された発明(以下「後者」という。)とを対比すると、後者の「フレーム」は、前者の「フエルールボディ」に相当するから、両者は「中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられ、先端部に面取り斜面を有するフェルールボディと、中心に光ファイバを取りつけるための貫通孔が設けられている直円筒状のキャピラリとからなり、前記フェルールボディの貫通孔に前記キャピラリを挿入し前記フェルールボディの前記先端部より直円筒部分を、球面研磨したとき前記フェルールボディの先端部に当たらないだけの一定量を突出させて固定し、光ファイバを前記フェルールポディの貫通孔および前記キャピラリの貫通孔に通し、前記キャピラリの先端部を前記光ファイバの先端部とともに光ファイバ軸線に対して球面研磨する光コネクタフエルール部材。」の点で一致しており、

(1)前者がキャピラリ直円筒部分を、光ファイバ軸線に対し7度以上傾けて研磨したときフェルールポディの先端部に当たらないだけの一定量突出させて固定したのに対して、後者がそのような構成を採っていない点

(2)前者がキャピラリ先端部を光ファイバの先端部とともに光ファイバ軸線に対して7度以上傾けて球面研磨したのに対して、後者が7度以上傾けて球面研磨したかどうか不明な点で相違する。

4. 当審の判断

そこで、相違点について検討する。

光源へ戻る光を減少させるために、光ファイバの接続に使用されるコネクタフェルールにおいて、接続端面を光ファイバ軸線に対して傾斜角度を持たせて球面研磨することが引用例2に示されており、また、出願人も明細書中で従来の技術として「光コネクタフェルールに関して、有害な反射戻り光損失を極限にまで低減するために、端面を光ファイバ軸線に対して7度以上傾斜した傾斜球面形状にすれば良いことが知られている。」と自認していることからも、相違点(2)のようにキャピラリ端面を7度以上傾けて球面研磨することは、当業者が容易に推考しうるものである。さらに、引用例1には研磨・研削に対してもフェルールボディを研磨、研削されないようにする旨の記載があることから、ファイバ軸線に対して7度以上研磨、研削しても、フェルールボディが研磨、研削されない程度にすなわち、相違点(1)のようにキャピラリを突出させることは、前記7度以上傾斜して球面研磨することにともなって、当業者が当然に考慮すべき事項にすぎない。

そして、後者に引用例2に記載された傾斜球面研磨のものを適用し得ない特段の事情もない。また、前者によってもたらされる作用効果も、後者及び引用例2に記載されたものから予測し得る範囲を出ない。

5. むすび

したがって、本願発明は、引用例1及び引用例2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成9年2月6日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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